ジブンのアリカタ

自己啓発ブログ。

「無関心は罪」

スポンサーリンク

f:id:shizennichi-zero:20190204165723j:plain

こんにちは。

シンゴです。

今回は、「無関心は罪」というテーマで記事を書いていこうと思います。

では、楽しんでご覧下さい。

 

無関心とは?

無関心とは、知らんぷりです。

これは、人に対して気付いてないのではありません。

気付いているのに、無視しているという状態です。

全くの赤の他人に、いちいち関心を持つ必要はありませんが、

例えば、道で困っている人がいた時や、

ちょっとした手助けが必要な方がいた時に、

手を差し伸べてあげる気遣いがあるかどうかです。

もちろん気恥ずかしさがある時もあるでしょうから、無理にすることでもないかも知れ

ないですが、

大事なのは、「助けてあげたい」という気持ちがあるかどうかです。

中には、人の困っていることは、自分にとってはどうでもいいみたいなスタンスの方も

います。

これが問題です。

人助けとまではいかなくても、

例えば、自分が話している場所が通行の妨げになっているにもかかわらず、

気付いても、よけない人がいます。

あとは、電車で、降りる人がいるのに、

ドア付近の人で一度自分が降りることをしない人もいます。

こういった行いは、自分がされたら困ることなのに、

「自分は大丈夫だから」と、協力しようとしないのです。

こういう人が、きっと海で遭難したら、

救命ボートに自分が乗れば、

まだ救助されてない人は関係ないみたいな顔をするんだと思います。

 

学ぶ時は来る

私たちは、この星に学ぶために生まれてきています。

自分の魂レベルをあげる為に存在しているのです。

私たちの身の周りで起こる出来事は全て学びの為にあり、

そこでの教訓が、自分の成長に繋がっていくのです。

親の気持ちは、親になった時に初めてわかります。

自分が子供の時に、たくさん親に迷惑かけたことを、自分が親になった時に、

「こうしておけば良かった」と学ぶことになるのです。

人に無関心に生きている人にも同じことが言えます。

人に対して無関心に生きている人は、「無関心」というチャンネルを天に投げかけてい

ます。

この世界での法則は、自分が投げかけたものが返ってきますので、

次は無関心にされることになるのです。

人が困っているときに、無視した人は、

自分が困った時に、無視されることに嘆き、

逆に、手助けしてくれた人に、感謝して、

小さなことでも助けられた時にどれだけ嬉しかったかを学ぶことになるのです。

これは、そう思おうよという話しではありません。

実際、学びはやってくるのです。

健康を疎かにして、偏食を繰り返している人は、健康診断の結果を見て、

ヘルシーな食事が大事だと学ぶでしょう。

太りすぎている人は、自分が糖尿病になった時に、身体を絞ることを学ぶのです。

つまり、自分が困った時に学びがあるのです。

人に不親切な人は、もしかしたら、人に不親切にされた時に、学びがあるのかも知れま

せん。

無関心の逆は、愛です。

人に愛情を持って接することで、

愛情を受け取ることになるのです。

 

自分ができることをする

無関心をやめるということは、

決して、人に同情して、共感することではありません。

無関心でいるよりはいいかと思いますが、

ニュースなどで不幸を目にした時に、

自分が悲しんだりする人がいますが、

自分が落ち込むことでいいことはありません。

世界に目を向け、関心を持つことは素晴らしいことですが、

一緒になって凹むのではなく、

「自分ができること」をすればいいのです。

困っている人がいれば、自分ができることを考え、実行する。

それだけでいいのです。

自分まで落ち込んでしまわないようにしましょう。

 

まとめ

今の時代は人間関係が希薄だと言われますが、なくなることはあり得ません。

それは、この世界が「人間関係から成長する」ことが目的になっているからです。

私は、成長をやめてしまうことは、存在意義がなくなるのと同義だと思っています。

逆に言えば、学びさえし、世界に貢献していけば、いくらだって成功することだってで

きるし、存在意義を感じることも簡単にできるのです。

自分の人生が良ければいいと思ってしまう限りは成功できないでしょう。

人からサポートしてもらえないからです。

サポートしてもらえなくて、困った時に、人に親切にすることを学ぶのです。

無関心はやめ、周りに気を配って生きていけたら素晴らしい人生ですね。

では、今回はこの変で。

ありがとうございました。